1997-05-16 第140回国会 衆議院 法務委員会 第8号
したがって、私は、冒頭に申し上げたのは、閣僚として北方領土を視察するということと、辻政信参議院議員が行かれたということを二つお聞きしているわけです。大臣は、閣僚は公務員であるという前提で、そこに旅費等々があれば公務であろうと。
したがって、私は、冒頭に申し上げたのは、閣僚として北方領土を視察するということと、辻政信参議院議員が行かれたということを二つお聞きしているわけです。大臣は、閣僚は公務員であるという前提で、そこに旅費等々があれば公務であろうと。
また、辻政信参議院議員は、あの方は一人で巡視船に乗って竹島を海上から視察されたということも私は記録で知っておるのですが、これらの行為は、大臣が大前提としておっしゃられた領土保全は政治の大使命であるという観点から見て、公務でございますか、公務でなかったわけでございますか。
ただ、辻政信参議院議員という方がおられまして、東南アジアで行方不明になられましたけれども、その方が竹島を視察されているんですね。この辻さんは一参議院議員でしたけれども。まず、北方領土を官房長官が視察するというのは公務なんでしょうか。そして、辻政信さんが参議院議員として視察されたのは公務なんでしょうか。こういうふうにお聞きしておる。
参謀は参謀で、参謀は指揮せずと言われながら、あの辻政信などを初めとして、とにかくむちゃくちゃに権限を越えて軍隊を指揮して何万の兵士を殺した、こういう経験がありますね。それから、下士官や兵のレベルになりますと、殺人、略奪、強姦はだめという厳しい刑法があるのです。しかし、事実はやりたいほうだいやってきた。
辻政信君は、上海時代からの私の親友でしたが、彼は中国で核が開発されたなんということはあり得ないことだ、ぼくは想像できないと、しかし核が開発されたとなるといままでの大陸戦略というものが根本的に改められなくちゃならないから、どうしても新疆なりなんなり核が開発された地点に行ってみたいと言って、そんなことやめなさい、今度は殺されますよと言ったらそのとおり殺されましたが、戦争というのは人間をけだものにしちゃうんです
ただその中で赤城防衛庁長官が昭和三十四年八月一日辻政信議員の質問に答えて、不法占拠という御指摘のとおりだとすればまさに韓国の侵略だと思うと、こういう言葉を国会答弁の中で使っております。その後、これらについては不法占拠だということを関係機関の方々が枚挙にいとまないくらい国会の中で答弁しております。
佐藤内閣、田中内閣という以前の、二十年前のMSA協定から日本に送り込まれたので、二十年の歴史があり、ロッキード、グラマンの機種争いは十八年前においてすでに児玉も登場し、田中彰治などというマッチポンプも登場し、森脇メモなどという高利貸しの怪文書も乱発されたというような出来事があって、あの機種問題の決定並びにこのロッキードの価格問題のからくり、そういうものが当時、たとえば軍出身の異色な存在であったが、辻政信君
六 ○年安保のとき——私はこのときおったのだが、この六〇年安保のときに、参議院ですが、辻政信君の質問に答えて、被害が起こっておらなければ、これは自衛権行使の条件を満たさないとはっきり言っている。はっきり言っている。では、いつからそういう解釈が変わったのですか。先ほどからどうもアドバイスをしているところを見ると、最近解釈を変えてきているのじゃないかと思われるのだが、そこら辺はどうなんですか。
○星野力君 先週私が質問しまして、御答弁がなかったので資料を要求しておった辻政信元参議院議員の消息についての問題であります。辻氏が行くえ不明になる直前に接触があったといわれる在ビエンチャン日本大使館員の赤坂勝美氏について、当時の辻氏との関係を調査されておると思うが、その調査結果についてということでございます。御答弁願いたいと思います。
辻政信氏は、この参議院の議員であって、行くえ不明になった人でありますから、これについてはいろんな関係から調査が行なわれたはずでありますし、当然外務省としても調査なさっておられるはずと私は思います。ことに、この辻政信氏に最後の時期において接触しておった人が、現に外務省の雇用した人間として働いておるのでありますから、この人について調査なさらないとしたらこれはおかしなことなんです。
まあいろいろこれは話題になる人物で、私、最近週刊文春五月十四日号にもその人物が出ているということを聞かされまして、ようやく手に入れたのでありますが、この週刊文春には辻政信氏——前に参議院議員であった辻政信氏が一九六一年四月、ビエンチャンから姿を消したまま今日に至っておりますが、あの問題を書いております。
辻政信さん、みずからおれは逃亡したんだという「潜行三千里」の本を出した。あれは逃亡兵じゃないのですか。罪に問われることなく参議院議員になった。また逃亡したくて行っちゃって、今度は行くえ不明になっちゃったのでありますけれども。小野田寛郎さん、いま、これから厚生省が先頭に立ってフィリピンへ飛んで行かれる。あれは何ですが、あれは逃亡兵です。
それはなぜかと申し上げますと、つまり、かつて辻政信さんがこの問題を指摘されたことがあります。昭和二十九年の自衛隊法制定のときのたしか反対討論の中でやられておりましたけれども、そのとおりになってきたということをいま言わざるを得ないと思います。つまり、日本の自衛隊の指揮統帥権、これはまあ総理にあるわけですけれども、内局の防衛局長に膨大な権限があまりにも集約されていやしないだろうか。
現に辻政信氏なんかは、補給作戦を抜いた作戦行動はあり得るか、そんなものはあり得ない。だから、いまの区別なんというものは、ここでの国会答弁にはなっているけれども、これは問題にならぬじゃないか。それから、こういうことを、これは非常に補給がどんなに重要だかということは、この四十三条のときに、国連軍の編成にあたり、五大国の安保常任理事国の参謀総長または代理がこれを認定するということになっておる。
○市川房枝君 最初に外務大臣から実は辻政信氏のことを伺いたいと思っておりましたが、厚生大臣がお急ぎだそうでございますので、最初に、厚生大臣から伺うことにいたします。 三月九日の各新聞紙に大きく取り上げられておりました碑文谷マンションの件は、特にろうあ者の福祉施設でありますし、国会議員が関係しておるというので、国民は非常な疑いの目をもって見ておるようであります。
こういうので特派大使、顧問として派遣をしたのでございまして、辻政信議員の消息につきましては、これは特にかような措置を講ずるまでもなく、いかなるささいな情報でも手に入れば、直ちに報告を受けるということになっておりまするので、その仕事は松本氏の任務ではございません。
○市川房枝君 それでは次には、いま行くえ不明になおなっておられるまする同僚議員の辻政信氏の件について、外務大臣にお伺いしたいと思います。辻政信氏は、この六月一日で任期が満了となり議席がなくなりますので、この際、長く同じ無所属の控え室におりました私から、御家族並びに同氏の支持者であった六十八万余の全国の有権者の方々にかわって、責任者である外務大臣にお伺いしたいと思います。
戦後も二回参りまして、ちょうど辻政信氏が行くえ不明になる少し前に、私は向こうに行っておりました。ベトナム、ラオスに行っておりました。そういう事情で、いまのベトナムの問題を注意深く新聞、雑誌で見ているわけでありますから、私は非常に重大だと思うのです。日本の安全のためにゆゆしい大事ではないか、こう思っておるわけであります。
わが参議院は、すでに数年前、辻政信君が南方に参りまして、現在なお行方不明であります。外務当局も熱心にこれを捜索し、あるいは外交交渉の上に乗せていると私は思わない。
小柳 牧衞君 古池 信三君 塩見 俊二君 重政 庸徳君 林田 正治君 宮澤 喜一君 村山 道雄君 伊藤 顕道君 千葉 信君 松本治一郎君 鬼木 勝利君 辻 政信
小柳 牧衞君 古池 信三君 塩見 俊二君 重政 庸徳君 林田 正治君 宮澤 喜一君 村山 道雄君 伊藤 顕道君 千葉 信君 松本治一郎君 鬼木 勝利君 辻 政信
源田 実君 小西 英雄君 小柳 牧衞君 塩見 俊二君 重政 庸徳君 林田 正治君 宮澤 喜一君 伊藤 顕道君 千葉 信君 松本治一郎君 鬼木 勝利君 辻 政信
昭和三十八年七月六日(土曜日) 午前十一時十五分開会 ――――――――――――― 委員の異動 七月五日 辞任 補欠選任 辻 政信君 小林 篤一君 ――――――――――――― 出席者は左の通り。